宇田侑平『帳月』第二版刊行記念インタビュー

【著者インタビュー】宇田侑平が語る『帳月』の裏側――言葉でしか触れられなかった美しさへ

静岡東部出版の創刊特集としてご紹介するのは、純文学小説『帳月(とばりづき)』です。
著者は、静岡県沼津市出身の作家・宇田侑平氏。本作は2025年春に文彩堂出版より100部限定で初版が刊行され、静かに注目を集めました。
そして2025年6月、ついに静岡東部出版より第二版の刊行が予定されています。

「隔たり」と「届かない想い」をテーマに描かれたこの作品は、著者自身の生と切実に呼応し合う、濃密な一冊です。
本記事では、執筆を終えたばかりの宇田氏に、作品に込めた想いや創作の背景についてお話をうかがいました。


「よく書き終えたな」という安堵と、「もう終わってしまった」という喪失

――まずは『帳月』、完結おめでとうございます。書き終えた今の率直なお気持ちを教えてください。

宇田:ありがとうございます。率直に言えば、「よく書き終えたな」という安堵感と、「もう書き終わってしまったのか」という喪失感が交互に来ている感じです。毎日ずっと一緒にいた人間と急に別れたような、そんな妙な寂しさがあります。


『帳月』という造語に込めた、“隔たりの向こうにある美しさ”

――タイトルである『帳月』についてお聞きします。造語だと思いますが、どのような意味を込めたのでしょうか。

宇田:「帳」は夜の帳、「月」は月光、そしてもう一つ、舞台の緞帳という意味も重ねています。ひとことで言えば、“隔たりの向こうにある美しさ”です。触れられそうで触れられないもの、夜の向こうにいる誰か、舞台が終わったあとの静けさ。そういうものをすべて包み込みたくて、この言葉を作りました。


正木という小説家の存在と、自分自身の投影

――本作の主人公・正木は、小説家としての苦悩を抱えながら生きています。彼の姿には、ご自身との重なりがあるのでしょうか。

宇田:めちゃくちゃあります。というか、正木を書くことで、自分自身が救われた部分もありました。彼の滑稽さや愚かさは、ほとんど自分そのものだと思ってもらって構いません。でも、それを笑えるようになりたかった。彼がどこまでも愚かであればあるほど、どこかで愛しくなれるんじゃないかと思ったんです。


女性たちは“ミューズ”であり、“手の届かないリアル”

――戸田、結佳、秋菜という三人の女性が登場します。彼女たちは、正木にとってミューズ的な存在だったのでしょうか。

宇田:そうですね。言葉を与えてくれる存在、という意味では確かにミューズだったと思います。でも、それ以上に“手の届かないリアル”だったとも言えます。どの女性も決して幻想的ではなく、現実的で、強い。正木が最後まで彼女たちに辿り着けなかったのは、たぶん自分の現実との乖離を埋められなかったからです。そこに、この小説のテーマがすべて集約されている気がします。


物語の核にあるのは、「幻想と現実の間にある断絶」

――本作のテーマについて、もう少し具体的にお聞かせください。

宇田:「隔たり」です。もっと言えば、“幻想と現実の間にある断絶”。人は誰しも、何かに手を伸ばして生きていると思うんです。でもその手は、たいてい届かない。届かないまま、生きるしかない。だけど、だからこそ人は言葉を使うんじゃないかと。届かないものを、書くことで少しでも掴もうとする。そんな思いが根底にあります。


言葉でしか触れられなかった美しさを、これからも

――『帳月』はすでに文彩堂出版から100部限定で刊行されたとのことですが、今後の展望について教えてください。

宇田:『帳月』という物語は、もっと多くの人に届いてほしいと強く願っています。たとえば今は文学に興味を持てない人や、社会に馴染めずにいる若い人たち、あるいは表現の意味を見失っている創作者たち。そういう人たちにこの小説を届けられたら、本当に本望です。
また、もし再刊の機会があるなら、映像化や朗読イベントなど、言葉にとどまらない展開にも挑戦してみたいです。

※本作『帳月』は、2025年6月に静岡東部出版より第二版の刊行が予定されています。


「届かないこと」に意味を与える物語

――最後に、『帳月』をまだ読んでいない方々へ向けて、一言お願いします。

宇田:もしあなたが今、何者にもなれずにいるとしたら、これはきっと、あなたの物語です。笑ってくれてもいい。鼻で嗤われても構いません。それでも言葉を使うしかなかった男の、滑稽で、愚かで、それでもどこか美しい生き様を、ぜひ読んでみてください。


『帳月(とばりづき)』は、静かに、そして鋭く、心の奥に届く物語です。
静岡東部出版では、このような力ある作品を一冊一冊、誠実に世に送り出してまいります。
第二版の刊行に合わせて、ぜひその言葉の余韻に触れてみてください。

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